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その「コピー」、本当に独立してる?データが裏切る「参照渡し」の罠

「まただ…!また顧客リストが…!」

冷や汗が背中を伝うのを感じた。大事な顧客リストのデータを整理していた時のことだ。新しいキャンペーン用のリストを作るため、既存のリストをコピーして修正を加えた。意気揚々と作業を終え、元のリストを確認した瞬間、心臓が凍り付いた。

コピーしたはずのリストの変更が、なぜか元のリストにまで反映されている…!

「え、嘘でしょ…?」「なんでこんなことに…」「またやっちゃった…」

何度同じ失敗を繰り返せば気が済むのだろう。過去にも、企画書の数値を修正したはずが、元のデータまで変わってしまい、上司に厳しく指摘された苦い経験がある。そのたびに「私のやり方が悪いのか?」「もうデータ操作が怖い」と、自分を責める日々だった。大切なデータが、まるで意思を持ったかのように、こちらの意図しない動きをする。それはまさに、見えない鎖で繋がれた『呪縛』のようだった。

休憩中、重い足取りでIT部門のベテラン、田中さんの席へ向かった。藁にもすがる思いで、これまでの経緯を説明すると、田中さんはにこやかに頷きながら言った。「山田君、それは『参照渡し』の罠だよ。多くの人が一度は引っかかるんだ」。

田中さんは、ホワイトボードにサッと図を描きながら説明してくれた。

「例えば、君が友達に『この家、すごく良いから見に行ってみて!』と、その家の『住所』をメモして渡したとするよね。友達はその住所を見て家に行き、気に入ってリフォームしたとする。さあ、どうなる?」

「え…元の家もリフォームされちゃいますよね?」

「その通り。君が渡したのは『家そのもの』じゃなくて、『家のある場所(住所)』だからね。コンピュータのリストのコピーもこれと同じなんだ。表面上はコピーされたように見えても、実はデータの『場所』を指し示す情報だけをコピーしていることが多い。だから、コピー先でデータを変更すると、同じ場所にある元のデータも変わってしまうんだよ」

「なるほど…!そういうことだったのか!」

長年の疑問が一気に氷解した。「参照渡し」という言葉は初めて聞いたが、田中さんの例え話はあまりにも腑に落ちた。私が求めていたのは「家そのもののコピー」だったのに、いつも「住所のコピー」ばかりしていたのだ。

田中さんはさらに続けた。「これを避けるためには、『深いコピー』という方法がある。スプレッドシートなら『値のみ貼り付け』、プログラミングなら専用の関数(Pythonならcopy.deepcopy()、JavaScriptならJSON.parse(JSON.stringify(array))など)を使うと、本当に独立した新しいデータを作れるんだ」

その日から、私のデータ操作に対する意識は劇的に変わった。ただ漫然とコピーするのではなく、「これは本当に独立したコピーが必要か?」「それとも参照で十分か?」と、一歩立ち止まって考えるようになった。そして、必要な場面では迷わず「深いコピー」を選択する。

以前のような焦りや後悔はもうない。データが意図せず変わる恐怖からも解放された。むしろ、この仕組みを理解したことで、データの挙動を予測し、より賢く、そして安心して作業を進められるようになったのだ。あの時の「呪縛」は、今や「確信」へと変わった。

もしあなたが今、私と同じようにデータが裏切るような感覚に陥っているなら、それはきっと「参照渡し」という見えない鎖に囚われているのかもしれない。この仕組みを理解することは、あなたのデータライフに確かな『自由』と『安心』をもたらすだろう。さあ、見えない鎖を断ち切り、データの真の力を手に入れよう。